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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)528号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 林嘉一

被控訴人(附帯控訴人) 石田[金生]二郎

主文

原判決を左記のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し金六十八万二千五百円及びこれに対する昭和二十八年九月十八日以降右完済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人は、製材用送材車の進退装置について、控訴人の有する特許権登録第一九二三三〇号の装置と同一または類似の装置のものを製造、販売または拡布する行為その他一切の右特許権侵害行為をしてはならない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

被控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(当審における附帯控訴によつて生じたものを含む)は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余の四を被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人において金十五万円の担保を供するときは、右第二項と第六項中被控訴人に訴訟費用の負担を命じた部分とに限り、仮執行をすることができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金九十四万五千円及びこれに対する昭和二十八年九月十八日以降右完済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。被控訴人の附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、次で本訴の請求の趣旨を拡張して、「(1) 被控訴人は、製材用送材車の進退装置について、控訴人の有する特許権登録第一九二三三〇号の装置と同一または類似の装置のものを製造、販売または拡布する行為その他の一切の右特許権侵害行為をしてはならない。被控訴人は、右装置に関して被控訴人の有する実用新案登録第四〇二九九一号、同第四二五二六二号及び同第四二六九一七号の各権利を控訴人の許諾なくして実施してはならない。(2) 被控訴人は、前項の侵害行為によつて生じた製品または仕掛製品について控訴人の発明部分を廃棄せよ。(3) 被控訴人は、控訴人に対し金九十四万五千円及びこれに対する昭和二十八年九月十八日以降右完済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。(4) 被控訴人は、朝日新聞、毎日新聞及び中部日本新聞の各全国版に、一回宛、別紙記載の文案により、標題にはゴシツク四号活字を、当事者双方の住所氏名には四号活字を、その他の文字には五号活字を使用し、二段抜きにて印刷した謝罪広告を掲載せよ。(5) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、

被控訴代理人は、「控訴人の控訴を棄却する。原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求め、更に控訴人の拡張した請求の趣旨について、請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、各代理人においてそれぞれ左記のとおり陳述したほか、原判決事実欄の記載と同一である。

第一、控訴代理人の陳述

(一)  特許権者は、その特許権に基き、物権的請求権の性質を有する侵害行為禁止請求権を有するから、控訴人は、この請求権により、被控訴人に対し侵害行為の禁止を請求する。

被控訴人は、被控訴人の製造販売した送材車の装置は被控訴人の有する実用新案登録第四二六九一七号、同第四二五二二六二号及び同第四〇二九九一号の各権利に基くものであり控訴人の特許権の侵害とはならない旨を主張する。しかしながら、右の実用新案権はいずれも控訴人の特許出願の日以後の出願にかかるものである。しかも第四二六九一七号及び第四二五二六二号の各実用新案は、控訴人の発明思想の技術的手段による一部の設計変更をしたにとどまるものであつて、「単なる設計の変更は特許権の範囲に属する」という特許法上の鉄則からみて、控訴人の特許権と抵触するものであることが明かである。そして第四〇二九九一号の実用新案は、製材用送材車々体を往復進行せしむべき牽引ロープの巻取胴輪に附設的に取り付けられた帯鋸の避退装置(俗にオートマ装置と称する)に関するものであつて、控訴人の特許にかかる装置を利用しなければならないものである。したがつて右三種の実用新案権は、実用新案法第六条第三項により、控訴人の実施許諾がなければ実施することを得ないものである。

次に特許権侵害行為を組成した物品またはその侵害行為の結果として生じた物品については、特許権者は、その物品の中に包含されている観念的存在たる特許権者の発明部分の廃棄を要求する権利を有することはいうまでもない。

なお控訴人は、被控訴人の本件特許権侵害行為に関連して著しく名誉を毀損された。すなわち控訴人の本件特許権が特許庁における適法かつ公正な審査手続を経て登録されて以来既に数年を経過した今日に至つて、被控訴人は、右の発明が公知のものであつて右の特許権は無効の権利であると主張して、特許庁に対しその無効審判の申立をしたほか、一般の製品需要者に対し右同様の宣伝をなし、被控訴人の製作にかかる類似品を廃価に販売し、同種の装置につき被控訴人が特許権を獲得していないにもかかわらず、あたかもこれを獲得しているもののごとく世間に宣伝し、更に控訴人の特許権の範囲に属する同種装置につき被控訴人が実用新案権を有するをもつて権利の侵害とならない旨を一般に宣伝し、もつて特許権者たる控訴人の正当なる社会的評価たる名誉を毀損した。控訴人は、それによつて多大の精神的苦痛を受けたから、被控訴人に対し、その損害賠償を請求すると共に、名誉回復に適当な措置として別紙の文案による謝罪広告を新聞紙に掲記することを要求する。

(二)  控訴人の特許権の権利範囲とするところは、両端を固定した鋼索の中央部を胴輪に数回巻き付け、この胴輪を任意の方向に廻転させることにより鋼索の一方を巻き取り他方を引き延ばしつつ鋼索を伝わつて送材車を進退せしめる構想と常時反対廻転をなす二個の摩擦車の一方に胴輪を任意の方向に廻転さすべく伝動させた摩擦車を接触させるようにした構想とを有することを特徴とするものである。右の構想を更に具体的に説明すると、送材車下方に取り付けられた軸着の胴輪に両端を固定せるロープの中央部を数回巻き付け、この胴輪が正または逆に廻転することにより、ロープの両端が固定せられているために、一方は巻き取り他方は解けて胴輪の廻転と共にレール上の送材車が自由に前進または後退する。次に胴輪を正廻転または逆廻輪させるために、電動機の力をベルトを介して調車に伝導することによつて、軸及びこれに付けられている摩擦車が正廻転をなして結局胴輪が正廻転をし、他方その軸の他の部分に付けられている歯車は他の二重歯車を噛み合わせることによつて胴輪に緩挿してある軸及びその摩擦車が逆廻転をする。したがつて送材車上においてハンドルを一方に動かせば、電動機その他より結局胴輪に作用して、それが正廻転をし、ハンドルを他方に動かせば電動機その他より結局胴輪に作用して、それが逆廻転をする。叙上の装置によつて製材用送材車としての発明目的が達成されているのである。

被控訴人の実用新案第四二六九一七号の装置をみるに、それは、巻取胴輪を正逆廻転せしめる技術的手段において控訴人の特許にかかる装置と多少異るのみである。すなわち、電動機を動かすことによつて、摩擦伝動輪は正廻転をなし、他方別個の摩擦伝動輪と内輪被動車とが内周面で接触することによつて逆廻転をするようにしてある。詳言すれば、ハンドルを一方に動かすによって、摩擦伝動輪と内輪被動車とが外周面において接触して、軸及び歯車を正廻転せしめ、それにより巻取胴輪を正廻転せしめる。そしてハンドルを他方に動かすことによつて、別個の摩擦伝動輪と内輪被動車とがその内周面において接触して、軸及び歯車を逆廻転せしめ、それにより巻取胴輪を逆廻転せしめる。そして二個の摩擦車が一方は内輪被動車の外周面においてこれに接触し、他方は内輪被動車の内周面においてこれに接触する原理は、機械学上公知の事実であつて、機械業者の容易に考え得る単なる設計変更にすぎない。右のような胴輪に正逆廻転を与える伝動機構の差異は、控訴人の権利を侵害するものではないと主張することの根拠とはならない。次に右の実用新案において、巻取胴輪の周面に螺旋状の連続誘導溝を穿つて一条の牽引ロープの中央部を右胴輪の外面に結着し、そのロープの両端を振り分けて車体の前方と後方とに延長しそれぞれ静止体に連結する、という構造の根本原理は控訴人の装置とは全く同一である。被控訴人は、この点につき、「一条の鋼索の中央部を胴輪の周面に結着して振り分けにしたことはあたかも二筋の鋼索の各一端を胴輪に固定したのと全く同一の状態である」と述べて、それが控訴人の装置とは作用上大いに異る旨を主張しているけれども、二筋のロープの各一端を胴輪に固定する方法については、京都の細川種一が実用新案登録を得ていることを理由として特許庁に対し権利範囲確認の審判申立をしたけれども、特許庁においては、右の方法は単なる設計変更の域を出ず控訴人の権利範囲に属する旨の審決をした次第である。

実用新案第四二五二六二号は、巻取胴輪を正逆の廻転をなさしめる伝導機構のみの単純なる設計変更にすぎない。これを詳述すれば、電動機よりベルトを通じて伝動摩擦輪は正廻転をなし二重歯車によつて他の伝動摩擦が逆廻転をなす。すなわち、ハンドルを一方に動かせば、伝導摩擦輪と摩擦被動輪とが接触しこれにより歯車を介して胴輪が正廻転をなし、ハンドルを他方に動かせば、反対廻転をなす伝動摩擦輪と摩擦被動輪とが接触し歯車を介して胴輪が逆廻転をなす。そして右の伝導機構は、一定の工業的技術観念を有する業者において容易に推考し得る程度の設計変更にすぎないもので、明かに控訴人の特許権の権利範囲に属するものである。

実用新案第四〇二九九一号は、俗に「オートマ装置」または「帯鋸の避退装置」といわれているもので、控訴人においても、同種の実用新案権を有している。これは、製材用送材車の進退装置に附随して、製材車が進むとき、すなわち胴輪の正廻転の際は、木材を帯鋸面に沿うて進ましめ、製材車が退くとき、すなわち胴輪の逆廻転の際は、木材を帯鋸面より離れて退かしめるようにした装置の一種である。右は、控訴人の特許権を前提としこれを利用するに非ざれば実施することのできない性質のものであり、控訴人の特許にかかる製材用送材車の進退装置に附加的に取り付けられた部分的実用新案である。したがつてそれは、実用新案法第六条第三項により、控訴人の実施許諾を得なければ実施することのできないものである。

(三)  被控訴人は、原審において、被控訴人の製造販売にかかる装置は細川種一の製造販売にかかる製材用送材車と全く同一である旨を自白したから、控訴人はその自白を援用する。そして細川種一の送材車については、昭和二十九年六月二十一日に「請求人の申立は成り立たない」旨の特許庁の審決があつた(甲第六号証参照)。

(四)  被控訴人は、本件特許類似品たる送材車を製造販売して一台につき金一万円の利益を得た(原審における被控訴本人の供述参照)。したがつて被控訴人の特許権侵害行為と控訴人主張の損害額との間に相当因果の関係がないものとしても、控訴人は、民法第七百三条により、被控訴人に対し七十台分金七十万円の不当利得に基く返還請求をする。仮にその金額が理由のないものであるとしても、被控訴人が控訴人の実施許諾を得て送材車を製造販売する場合には、その実施料は製品の販売価格の一割二分程度である。そして被控訴人の製品の販売価格は金六万五千円程度であつたから、金六万五千円の一割二分なる金七千八百円に七十台を乗じて算出した金五十四万六千円について、被控訴人は控訴人に対し不当利得返還義務がある。控訴人は、予備的に叙上の不当利得返還請求の主張をする。

第二、被控訴代理人の陳述

(一)  控訴人の特許第一九二三三〇号の特色とするところは、「胴輪と鋼索並びに胴輪に廻転を与える伝動機構の各部を包含した全体的総合装置」にあるのであるから、単に胴輪と鋼索との関係だけを見て、控訴人の特許の装置と被控訴人が製造販売したものの装置との異同を比較検討すべきものではない。

右の論理を裏付けるものとして、被控訴人の実用新案第四二六九一七号「製材機用送材車の進退運行装置」がある。すなわちその装置は、「ロープ巻取胴輪の周面に螺旋状の連続誘導溝を穿つて一条の牽引ロープの中央部を該胴輪の外面に結着して両端を振り分け車体の前後方面に延長して静止体に連結し歯車によつて胴輪に連絡せしめた伝動軸の一端は偏心軸承に支承せしめかつ該軸端には内輪被動車を取着けたその内周面に接触すべき位置に摩擦伝動輪を軸架し外周面に接触すべき位置には外部摩擦伝動輪を並列に装置して各伝動輪の軸を調帯伝動機構によつて電動機に関連せしめた送材車の進退運行装置」であつて、(1) 胴輪に対する鋼索の巻き着け方と(2) 胴輪に廻転を与える伝動機構とがいずれも特許第一九二三三〇号と異つているために、同特許による制限を受けることなく、実用新案として登録されたものである。

右の実用新案における胴輪と鋼索との関係を検討するに、一条の鋼索の中央部を胴輪の周面に結着して振り分けにしたことはあたかも二筋の鋼索の各一端を胴輪に固定したのと全く同一の状態であり、従つて車体の進退運動を司る場合に一方の鋼索は胴輪に巻き着けられて次第に巻数を増し他方の鋼索は次第に解けて巻数を減ずることとなり、鋼索は常に動くのである。それは、特許第一九二三三〇号における「鋼索を動かすことがない」装置とは作用上大いに相違がある。同特許においては、車体の運行にあたり、胴輪が単に鋼索を伝わつて移動するのみであり進退動作中胴輪に対する鋼索の巻数は常に増減なく一定している。すなわち鋼索は動かないのである。

次に右の実用新案においては、胴輪に対する伝動機構中に内輪被動車を設けてその内周面と外周面とに交互に接触すべき二個の摩擦伝動輪を並設している。これは特許第一九二三三〇号とは全く異る伝導方式であつて、右の装置によつて、単に被動車を移動せしめるだけで簡単に胴輪の正逆廻転を生ぜしめ、特許第一九二三三〇号におけるように歯車を介在せしめることがないから、騒音を伴わないと共に極めて円滑軽快に車体の運転を行うことができるのである。

被控訴人が製造して小竹春吉方に設置した送材車はたまたま被控訴人方の工員が誤つて鋼索を取り付けたものである。この機械においても胴輪には一筋の鋼索を両分してそれぞれを胴輪に固着すべき取着孔を具備している。

控訴人の特許の装置は、鋼索を胴輪に固着していないために、次のような欠点を有する。一時的に観察した場合には満足に使用することができるもののように思われるけれども、運転中車体のシヨツク等によつて、必ず鋼索がスリツプして的確な車体の運行をなし得ないことが起るのである。また車体の往復距離は常に一定であるから、鋼索の限られた一部分だけが巻き着き巻き戻されるために、その部分が次第に毛羽立つて弱くなり結局使用に耐えないものとなり、長い鋼索の全部を取り換える必要が生じて来る。しかるに被控訴人の実用新案の装置においては、鋼索は胴輪面に巻き締められ一方は解けて行くので、絶対にスリツプすることがなく、また鋼索自身が損傷することもないのである。

上記のように、胴輪に二本の鋼索の各一端を固着せしめたと全く同一の構造を備え、かつ胴輪の正逆廻転伝動機構の異なるものが実用新案として登録されたのである。

被控訴人が従来製造販売したものは、叙上の実用新案第四二六九一七号と同一構想のものであるが、またはこれと実用新案第四二五六二号「製材機の送材車におけるロープ巻取胴輪の運転装置」及び実用新案第四〇二九九一号「製材機における送材車運転装置」とを併用したものであるから、部分的にも全体的にも控訴人の特許第一九二三三〇号の権利に抵触するものではない。

(二)  控訴人は、被控訴人の第四二六九一七号及び第四二五二六二号の各実用新案がいずれも控訴人の発明思想の技術的な一部の設計変更にすぎず控訴人の特許権と抵触する、と主張するけれども、控訴人は未だ曾つて右の各実用新案権について特許庁に対し権利範囲確認の審判を請求したことがなく、したがつて右の各実用新案が控訴人の特許権に抵触する旨の審決があつたわけではない。されば控訴人が単に特許権を有することだけを理由として被控訴人の実用新案権を認めずその実施を攻撃するのは不当である。また被控訴人の第四〇二九九一号の実用新案権に関する控訴人の見解は実用新案法第六条第三項を誤解したものである。同条項によつて特許権者の実施許諾を要する場合は実用新案が前願の特許権に抵触する場合だけである。然らざる限り、実用新案は特許権者の実施許諾を要せずして実施し得るものであるこというまでもない。後願実用新案がその前に出願の特許権に抵触してその特許権者の実施許諾を必要とするものについては、実用新案の説明書中に「考案相互の関係」と題する項目を設けて、当該実用新案が如何なる点において前願の特許第何号の権利を使用するものであるかを明記して、その登録を受けるのである。したがつてこのような「考案相互の関係」の記載のある実用新案の権利者は、必然的にその実施にあたつて特許権者の実施許諾を受けることとなる。けだし登録されたすべての実用新案がそれぞれ前願の特許権者の実施許諾がなくては実施不可能のものであるならば、実用新案権の存在価値はないこととなり特許権者だけが後願実用新案権者に制約を加えることとなつて、不合理極まる結果となる。現在の法規のもとにおいては、同一機械(例えば製材機)について、最初に特許権を得た者があつても、その後における実用新案権者がすべて当該実用新案権を実施している実状にある。故に控訴人主張の「特許権者の実施許諾を要する」場合は、実用新案説明書中に「考案相互の関係」を記載した場合に限るのであるが、被控訴人の有する実用新案第四二六九一七号、第四二五二六二号及び第四〇二九九一号については、その各説明書中に全然右のような記載がなく、また控訴人の特許権を使用すべき旨の特許庁の指令をも受けないで、その各登録がなされたのであるから、被控訴人は控訴人の特許権の制約を受けることなくして適法に右各実用新案権を実施し得るのである。

(三)  被控訴人は控訴人の特許権を侵害していない。まず、(イ)控訴人の装置によれば、車体牽引ロープは胴輪に「纒繞」してある。したがつて胴輪の廻転に際してロープが両極の方向に極度に緊張していなければ緩みによつて胴輪は単に空転するのみで摩擦抵抗によるロープの牽引力はない。胴輪はその廻転によつてロープを伝わつて移動するから、正逆廻転共にロープの胴輪に対する巻数は増減しない。すなわちロープは動かないのである。(ロ)ところが被控訴人の装置によれは、車体牽引ロープは各一端を胴輪面に「結着」した二本のロープの場合と同一の結果を有し、車体を牽引する力は一にかかつてロープの「結着」点に集中せられる。ロープと胴輪との摩擦抵抗によつて送材車を牽引するのではない。したがつて胴輪は空転することがない。胴輪の廻転によつて、ロープの一方は胴輪に巻き着いて巻数を増して行き、他方のロープは次第に解離して巻数を減じて行く。ロープはいずれも動くのである。次に(イ)控訴人の装置によれば、胴輪はその心軸に対して空転自在に架せられており、心軸と胴輪とは別動的のものである。これは、胴軸心軸に逆転作用を与えるためである。(ロ)被控訴人の装置によれば胴輪はその心軸に固定せられ、胴輪と心軸とは常に共動的に廻転する。したがつてそれは控訴人のものに比して伝導効率がよく音響も少ない。また(イ)控訴人の装置によれば、胴輪に正逆廻転を与える二個の摩擦車は互に反対廻転をなしつつそれぞれ中間摩擦車の外周面に接触すべき位置に架設せられている。したがつてその両者に反対廻転を与えるために複雑な歯車伝動機構を装置しなければならない。これがために、機械的損失多くして伝動効率は極めて悪く、かつ運転上円滑を欠き騒音を発する。(ロ)被控訴人の装置によれば、内輪被動調車を使用し二個の摩擦伝動輪を内側と外側とにおいて中間の被動調車に接触し得るように構成してある。したがつて両摩擦伝動輪は同一方向の廻転で足り、一方が被動車に接触した場合胴輪は正廻転をなし、他方が被動車に接触した場合胴輪は逆廻転をする。摩擦伝動輪に対する伝動関係が著しく簡単化され、伝動作用が円滑で機械的損失も少く運転軽快で音響を伴わない。更に(イ)控訴人の装置によれば、中間摩擦車の廻転軸は一方的に左右に移動して正逆廻転摩擦車に接触しているので、その軸の他端は、損傷を生じ、歯車の噛み合いも不正確となり、かつ歯車の損傷も甚しいのである。(ロ)被控訴人の装置によれば、中間の内輪被動調車の軸を左右に移動させるために別の伝動機構(実用新案第四二五二六二号)を使用しているから、被動調車軸は両端が平均して移動し、ためにその一端に損傷を生ずることがない。したがつて伝動関係が円滑に達せられ、各部の損傷を生じない。以上の次第であるが、控訴人は、その特許権は装置の一部をもつて特許の要件としているものではなく各部機構の全体的総合的装置をもつて特許の本旨としているものである、と主張している。ところが、被控訴人の装置は、その部分の構成及び作用においても、またその全体的総合的構成においても、控訴人のものとは相違すること前記のとおりである。

なお、被控訴人は控訴人の名誉を毀損したことがない。

上記のとおりであるから、控訴人の本訴請求はいずれも理由がない。

証拠の提出援用及び書証の認否は、控訴代理人において、当審における検証及び鑑定人安田静の鑑定の各結果を援用し、乙第十乃至十二号各証の成立を認め、被控訴代理人において、乙第十乃至十二号証の各一、二を提出し、当審における検証の結果を援用したほか、原判決事実欄の記載と同一である。

理由

控訴人がその主張の構造を有する製材用送材車の進退装置について昭和二十五年一月十三日出願、昭和二十六年十月十五日出願公告、昭和二十七年一月二十二日登録にかかる登録番号第一九二三三〇号の特許権を有し、被控訴人が昭和二十六年十月頃より控訴人の主張するような構造の進退装置を備えつけた製材用送材車を製造販売して来たことは、当事者間に争がない。

被控訴人は、右の特許権を附与された控訴人の発明は新規のものではなくその特許出願前既に公知公用のものであつた、と主張するけれども、その主張事実の立証がないのみならず、仮に右主張のとおりであるとしても、特許は特許法所定の無効審決があつてそれが確定するまでは有効であるところ、本件特許についてそのような無効審決があつて確定したことの証明がない(もつとも被控訴人が右特許につき無効審判の申立をし特許庁において現にその審理中であることは、後記認定のとおりである)。したがつて控訴人の受けた本件特許が無効であるという被控訴人の抗弁は排斥する。

そこで被控訴人の右製材用送材車進退装置の製造販売が控訴人の前記特許権を侵害したものとみるべきか否かについて審究するに、成立に争のない甲第一号証、甲第二号証の一、二及び乙第一号証の一、二原審における証人石田勝久、同鈴木次郎、同小竹春吉及び被控訴本人の各供述、当審における検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合して考察すれば、左記の事実を確認することができる。

一、控訴人が特許権を有する前記製材用送材車の進退装置は、丸鋸帯鋸等に提供する木材を積んだ製材用送材車を、車上において木材の分出をなしつつハンドルを操作することによつて、レール上を前後に進退せしめる装置であつて、既製の送材車に簡単容易に取りつけ得るものであることを目的として工夫されたものである。そして特許請求の範囲に属する右装置の要領は次のとおりである。二条のレールの上空にこれに平行して伸張した一条の鋼索(ロープ)の中央部を右レール上の送材車下方の軸着に取りつけた胴輪の周面に数回纒繞せしめた上、右鋼索の両端をそれぞれ静止体に連結固定し、胴輪が正または逆に廻転することによつて、鋼索の一方が巻き取りその他方が解けて行つて送材車がレール上を前進または後退する。そして電動機より無端帯及び歯車を介して伝導される反対廻転をする二個の摩擦車の一方と胴輪に挿着の歯車に噛合する歯車が挿着する遊動軸の他端に挿着の摩擦車とを接触せしめることによつて、胴輪を正または逆に廻転せしめる。かくして鋼索を動かすことなく、両端を固定した鋼索を伝わつて送材車が前後に進退するのである。

一、しかるに被控訴人が前記のように製造販売した製材用送材車の進退装置は、送材車下方の軸着に取りつけた胴輪の周面に螺旋状の溝を穿ち、一条の鋼索の中央部を右胴輪の周面に固着せしめた上、その鋼索の一方を胴輪に数回巻きつけレールに平行してこれを前方に伸張しその末端を静止体に連結固定し、同様鋼索の他の一方を胴輪に数回巻きつけレールに平方してこれを後方に伸張しその末端を静止体に連結固定し、胴輪が正または逆に廻輪することによつて、鋼索の一方が胴輪に巻きつけられて巻数を増し、その他の一方が次第に解けて巻数を減じ、ために送材車がレール上を前進または後進する、という構造を有するものである。そして電動機によつて右の胴輪に正または逆の廻転を与える伝導機構は、歯車の噛合等を少くし、これに代るものとして、内輪被動車の外周面と内周面とを利用し、内外二個の摩擦伝動輪をそれぞれ内輪被動車の内周面と外周面とにおいてこれに接触せしめ、しかもその一方が接触した場合には他方が離れて内輪被動車が正廻転をし、その反対の場合には内輪被動車が逆廻転をし、伝導軸を通じて胴輪が正または逆の廻転をするように構成したこと等を特色とするものである。

右認定を左右するに足る証拠はない。そして叙上認定の各装置を比較対照し更に成立に争のない甲第六号証及び原審における鑑定人岡田収の鑑定の結果を参照して考慮すれば、被控訴人の製造販売した前記製材用送材車の進退装置は、控訴人が特許権を有する装置に比して部分的には種々の相違点があるけれども全体としては特許権を附与された控訴人の発明思想と同一の構想に基くものであることが認められる。特に、両端を固定しレールに平行して伸張した一条の鋼索を利用しこの鋼索と関連する胴輪を正または逆に廻転させることによつて送材車を前方または後方に進退させる、という構想は控訴人の装置と被控訴人の装置とに共通のものであり、しかもこの構想は控訴人の本件特許発明の要旨として重要なものと思われるから、前者においては鋼索の中央部を胴輪に数回巻きつけただけであり、後者においては鋼索の中央部を胴輪に固着させた上これを前後に振り分けてその双方を胴輪に数回巻きつけたものであつても、なお被控訴人の装置は控訴人の本件特許請求の範囲に属する構想と同一の構想を基本としたものとみるべきである。叙上の説示に反する被控訴本人の供述部分及び鑑定人若松利彦の鑑定の結果はいずれも信用することができない。被控訴人の製造販売した装置が控訴人の特許発明にかかる装置に比して種々の相違点のあるものであつたことは前記のとおりである。そしてそのために被控訴人の装置がその主張のような諸種の長所、特色等のあるものであつたとしても、それらの相違点は、控訴人の本件特許発明の構想と同一の構造を基本とし、これに基く装置に多少の改善変更を加えたにすぎないものと思われるから、被控訴人の右装置は依然として控訴人の特許権に抵触するものであつたといわなければならない。被控訴人の加えた右の改善変更が実用新案権を附与する価値のある考案または既にその権利の附与された考案に基くものであつたとしても、叙上の説示に特段の変更を加える必要を認めることはできない。なお附言するに、証人鈴木次郎、同小竹春吉及び被控訴本人の各供述によれば、被控訴人は、昭和二十八年六月頃その製造した前記製材用送材車の進退装置一台を後記のように訴外小竹春吉に販売した上、その頃機械修理工鈴木次郎をして右春吉方においてその取付作業を行わせたが、その際右次郎が誤つて鋼索を胴輪に固着させず鋼索を胴輪に数回巻きつけただけであつたので、その後に至つて次郎をしてこれを訂正させ鋼索を胴輪に固着させた事実を認めるに足る。そして鑑定人岡田収の前記鑑定は春吉方の右装置を基準としこれを観察して判断したものであるけれども、それが前記訂正前の装置を基準としたものであるかまたはその訂正後の装置を基準としたものであるかは必ずしも明確ではない。しかしながら、岡田鑑定人は、鋼索の中央部を胴輪に固着させた場合をも考慮に入れて、被控訴人の装置が控訴人の特許権の範囲に属する旨の鑑定をしているから、右認定事実の存在は前記説示になんらの影響をも及ぼさない。次に控訴人の本件特許出願については昭和二十六年十月十五日に出願公告があつたこと前記認定のとおりであるのみならず、原審における証人鈴木寛次郎(第一回)、同石田勝久及び被控訴本人の各供述を総合すれば被控訴人は、昭和二十六年十二月頃控訴人の前記特許出願公告を閲覧したが、その後においても、前記製材用送材車進退装置の製造販売をしたものであつて、その公告閲覧の時より本訴提起の時までにおいて少くとも控訴人主張の七十台を製造して当時これをいずれも訴外小竹春吉その他の多数の者に、一台につき卸売価格金五万五千円位、小売価格金六万五千円位で販売したことを認めることができ証人鈴木寛次郎(第一回)の証言中右認定に反する部分は措信しない。したがつて被控訴人の右装置の製造販売行為は、少くとも右の七十台分については、被控訴人の故意か、または少くともその過失によつて、控訴人の本件特許権を侵害したものと断定しなければならない。

成立に争のない乙第十乃至十二号の各一、二によれば、被控訴人は製材機用送材車の進退運行装置について昭和二十八年十一月二十八日出願、昭和二十九年十二月二十八日出願公告、昭和三十年四月十二日登録にかかる登録番号第四二六九一七号の実用新案権を有し、また製材機の送材車におけるロープ巻取胴輪の運転装置について昭和二十七年十二月二十二日出願、昭和二十九年十一月十二日出願公告、昭和三十年三月四日登録にかかる登録番号第四二五二六二号の実用新案権を有し、更に製材機における送材車運転装置について昭和二十六年十月十一日出願、昭和二十八年一月二十八日出願公告、昭和二十八年五月二十九日登録にかかる登録番号第四〇二九九一号の実用新案権を有していることが明かである。そして被控訴人は、被控訴人の前記製材用送材車進退装置の製造販売は右の各実用新案権に基きその実施としてしたのであるから不法ではない旨を主張する。およそ特許法は物または方法の新規な工業的発明を保護するものであり(特許法第一条第三十五条)、実用新案法は物品に関する形状構造または組み合わせにかかる実用ある新規の型の工業的考案を保護するものであり(実用新案法第一条)、前者と後者とはその保護の対象を異にしているところ、控訴人の本件特許権は被控訴人の右各実用新案権出願の日以前の出願にかかるものである。そして右の各実用新案権を附与された被控訴人の新規の「型」の工業的考案は、常に必ず必然的に且絶対的に控訴人の本件特許権を実施しもしくはその特許発明を利用しなければ実現することを得ないものであるか(この場合であるとすれば、実用新案法第六条第三項の適用があるこというまでもない)、またはその実施もしくは利用をしなくても実現し得るものであるかについては、今にわかにこれを明確にすることはできない。しかしながら、本件において現実に被控訴人の製造販売した前記製材用送材車の進退装置が特許権を附与された控訴人の発明思想と同一の構想に基くものであること前記説示のとおりであるから、右の製品に関する限り、仮にそれが被控訴人の右各実用新案権の実施としてその新規の「型」の工業的考案を実現して製造したものであるとしても、右製品の製造販売については特許権者たる控訴人の実施許諾を必要としたものといわなければならない。しかるに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右製品の製造販売について控訴人の実施許諾を得ていないことが明白であるから、右製品の製造販売行為は不法たるを免れない。

次に原審における証人鈴木寛次郎(第一、二回)、同河津誠一、同石田勝久及び同宮川嘉吉の各証言、その各証言によつて真正に成立したものであることを推知し得る甲第七号証並びに弁論の全趣旨を総合して考察すると、控訴人は昭和二十六年秋頃控訴人の本件特許発明に基く製品等の製造販売をすることを目的としてその頃設立された協和工業株式会社と、(イ)右会社は本件特許権及び控訴人の有する登録番号第三八七九一〇号その他の実用新案権を実施し右各権利に基く製品の製造販売をするものとし、控訴人はこれを許諾する、(ロ)右各権利の実施許諾料はその全部で一台につき金一万五千円の範囲内において会社の営業状態を検討し当事者双方協議の上で決定し毎月末日会社より控訴人にこれを支払うものとする、いう実施権設定契約を締結し、以来右会社は、本件特許権を実施し、それに基く製品を製造して、一台につき卸売価格金五万円位、小売価格金六、七万円位で、これを他に販売して来たが、控訴人自身は右の特許権に基く製品の製造販売をしなかつたことを肯認するに足る。そこで損害賠償の額について案するに、本件のような特許権侵害に基く損害賠償事件において、いかなる損害をもつて侵害行為と相当因果の関係にある被害者の損害とみるべきであるかの問題は、困難な問題であつて、学説の分れるところであるけれども、本件のような被害者たる特許権者がみずから特許権に基く製品の製造販売をせずもつぱら他人にその実施権を附与しこれをして製品の製造販売を行わしめて実施料を徴収して来た事案においては、製品一台についての客観的に相当な実施料の価格を基準とし侵害者が製造販売した模造品の数量を参照して被害者の損害額を算出するのが妥当であると信ずる。そして当審鑑定人安田静の鑑定の結果と前記認定事実その他の口頭弁論に顕出された諸般の事情とを総合して考慮すれば、本件特許権の客観的に相当な実施料の価格は製品一台につき金九千七百五十円であることが認められるので、この金額に被控訴人が製造販売した製品の台数七十台を乗じて算出した金六十八万二千五百円が被控訴人の特許権侵害行為によつて控訴人の蒙つた損害の額である。なお原審証人鈴木寛次郎(第一、二回)及び同石田勝久はそれぞれ右会社が控訴人に現実に支払うベき本件特許権の実施料の額について証言をしているけれども、その各証言部分は前記認定の契約内容等に照してにわかに信用することのできないものである。

上記の次第であるから、被控訴人は控訴人に対し不法行為に基く損害の賠償として右金六十八万二千五百円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日なること当裁判所に顕著な昭和二十八年九月十八日以降右完済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

次に被控訴人が今後においても被控訴人が従来製造販売した前記製材用送材車の進退装置と同様な製品を製造販売拡布する等の行為をして控訴人の本件特許権を侵害する虞があることは、叙上認定のすべての事実並びに弁論の全趣旨によつてこれを肯認することができるので、被控訴人の右行為の禁止を求める控訴人の請求は正当である。

次に被控訴人の前記各実用新案権を実施して製品を製造すれば、常に必ず控訴人の本件特許権と抵触しまたはその特許発明を利用した製品が作出されることとなるかどうかについて、にわかに判断することの困難なことは前記説示のとおりである。右の特許権と抵触しまたはその特許発明を利用した製品を作出しないで、前記各実用新案権を附与された被控訴人の工業的考案の対象たる物品の「型」を具体的に実現する方法があるかも知れないと思われるので、特許権者たる控訴人の実施許諾を得ないで被控訴人がその各実用新案権を実施することの禁止を求める控訴人の請求は認容し難い。

次に控訴人は、被控訴人が控訴人の特許権を侵害して現に製造中の仕掛品または既に製造済の製品について、被控訴人に対し控訴人の発明部分の廃棄を命ずる判決を請求しているけれども、被控訴人が現に右の仕掛品または製品を所有していることを認めるに足る証拠資料がない。そして仮に被控訴人がその仕掛品または製品を現に所有しているとしても、その数量、所在場所等についての具体的な主張立証がない。もつとも被控訴人が右の特許権を侵害して製造ししかも他に販売してしまつた製品のあることは前記のとおりであるけれども、控訴人は、このように既に被控訴人以外の者の所有に帰した製品については控訴人の発明部分の廃棄を被控訴人に請求する権利を有しないものと解すべきである。したがつて控訴人の右請求は理由がない。

次に被控訴人は前記のように控訴人の本件特許権の侵害行為をしたけれども、その侵害行為があつたからといつて必然的に控訴人の名誉が毀損されたという結論に到達することはできない。また成立に争のない乙第八、九号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は昭和二十九年九月中に控訴人を相手方として特許庁に対し、まず右の特許無効審判の申立をし、更に右の特許権利範囲確認審判の申立をし、その各事件が現に特許庁に係属中であることを肯認し得るけれども、ただそれだけの事実ではただちに控訴人の名誉が毀損されたとみることはできない。そして控訴人は、被控訴人が製品需要者その他の世間一般に対し控訴人の主張のように種々宣伝をして控訴人の名誉を毀損したと主張するけれども、その主張事実を確認するに足る証拠はない。これを要するに控訴人の名誉が毀損されたことの証明がないから、その名誉が毀損されたことを前提として新聞紙に謝罪広告の掲載を求める控訴人の請求は不当である。

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求のうち、特許権侵害による損害の賠償を求める部分は前記説示の範囲において正当として認容し、また特許権侵害行為の禁止を求める部分は同様正当として認容すべきであるが、その余はすべて理由なしとして棄却すべくしたがつて原判決は変更を免れない。なお被控訴人の附帯控訴は、理由がないから、棄却すべきである。そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条第八十九条を、また仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

謝罪広告

私儀、製材用送材車の進退装置について、私が実用新案権を有すること等を理由とし、貴殿が有する特許登録番号第一九二三三〇号「ハヤシ式自動送材装置」と同種の装置のものを製造販売してその特許権を侵害し、これがために貴殿の名誉を傷け貴殿に多大の御迷惑御損害を相掛け、誠に申訳なく、ここに謹んで陳謝の意を表すると共に、今後は絶対に貴殿の特許権を侵害する行為をしないことを固く誓約致します。

年 月 日

静岡県藤枝市瀬戸新屋一六七番地の一

石田[金生]二郎

愛知県豊川市古宿町北浦一番地の五

林嘉殿

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